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フジタのアトリエへ

ずっとずっと行きたかったフジタのアトリエに行って来ました。
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パリ市内から離れたEssonneと言う地域にあり、かなり交通も不便、なのでなかなか行く機会とタイミングに恵まれず。

去年夏に行こうと思い、電話を入れたらちょうど撮影が入りその日は休館でした。

フジタが人生最後の8年に選んだ場所、五人の奥さまの中の最後の奥様と住んだ場所。

家の中は撮影禁止でしたが、案内所のミニフィルムを見せてくれる所に今は、エコールドパリ時代のモンパルナスでのフジタの写真が少し展示されていて、そこだけは写真がOKでした。
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カフェのテラスでのフジタ。
彼はかなり容姿に気を配るお洒落な方でした。この時代にピアス、そして毎日お手入れを欠かさなかった髭と髪型。

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エコールドパリ時代のアーティスト仲間と。一番右がフジタ。
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フジタは猫と女性が大好きだった。。。
お腹を見せて戯れる猫とフジタの信頼関係が伺えます。

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案内所のミニテーブルにあった、フジタの猫の写真に大笑い。フジタのユーモア。
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日本を完全に離れたフジタの気持ちを思いながら、晩年を過ごした家の中を解説してもらいながら拝見しました。

お茶の道具やかき氷のマシーンや日本製の包丁、日本のレコード、、、色々な生活雑貨がありました。
ミシンでカーテンやテーブルクロスを作り、陶器でカップやお皿、花瓶を作り、猫の絵を入れたり、ミニハウスまで作っていた、手作りのプロでもあったフジタの生活、フランス人の言う、Art de vivre(生きることのアート、生活を楽しむ事)のエスプリで一杯でした。

お庭には可憐な梅の花が咲き始めていました。

by 40ansparis | 2016-03-01 18:32 | Musee Expositionなど | Comments(20)
Commented by hairpriori at 2016-03-02 08:01
名だたる欧州の巨匠と
少し肩を並べられた日本人は
フジタ だけですね
Commented by nararanran at 2016-03-02 11:10
お久しぶりです。

>Art de vivre(生きることのアート、生活を楽しむ事)

メモさせて頂きました。
どんな素敵なことば♪
最近は、ついつい買いに走ってしまいがちでしたが
初心に戻ろうと思います^^

Commented by Ihoko at 2016-03-02 15:01 x
好み~~~~坂本龍一さんになにげに似てて神経質そうで
スケベな雰囲気もあり(よく言えば色気がある)好みざんす。あはは、、、
住む場所ってその人を一番表現する場所ですからね。
どういう風に暮らすかって、、大事ですよね。
で。。。懲り始めると市販のものでは物足りなっちゃうんですよね。

猫が好きなアーティストって多いですよね.



Commented by 40ansparis at 2016-03-02 17:46
hairprioriさん、少しどころじゃ無いんですよ〜、パリのカフェでピカソなど数々の芸術家と、、あの凄い時代に知り合い刺激を与えあって居たのですから、、。フランスでの評価も高いです。
Commented by 40ansparis at 2016-03-02 17:49
らんさん、この言葉に限らず
フランスはお金をかけないで楽しむ事に長けているんです。日本の消費社会とはやはりちょっと違います。お金で買えないものの大切さ、と言いますか、、、。そんなお手本が山とありますヨ。
Commented by 40ansparis at 2016-03-02 17:53
ihokoさん、好みでした〜〜?!あの時代にフジタに出会えていたら、裸婦のモデルか愛人になれたかもしれませんねえ、、、、?
私がフジタの絵に初めて出会ったのはパリに最初に来たころ、もう27年位前になってしまいました。
フランスでも、誰にも真似の出来ない肌の色使いなど、評価されています。猫の絵も沢山〜〜。
Commented by marucox0326 at 2016-03-02 19:13
藤田嗣治は、フランスの方が名声評価ともに高いと言われていますが、当時の日本画壇においてはともかくも、今の日本人にはとても人気があります。

彼の地への憧れしかなかった若い私も又、彼の細密なデッサンに基ずいた華やかな世界観に魅せられた一人です。
ただ記事を拝読して、フランスに帰化した後も、彼の母国への計り知れない思慕に
何だか切なくなりました。

夏に箱根に行く予定ですが、ポーラ美術館所蔵の作品を鑑賞するのが楽しみです。
私は子供達の絵が特にすきなので(^.^)
貴重なお話、ありがとうございました
Commented by 40ansparis at 2016-03-02 23:05
marucox0326さん、当時も今も日本のメンタリティーによって押し潰されてしまう才能が沢山ありますよね。私は以前は、日本を完全に捨てフランス人になった後も、どれだけ日本が恋しかっただろう、、と勝手に同情していたのですが、今自分の感覚と重ね合わせた時、そうじゃなくて、フランス社会で生きる方が彼にとっては楽、自然な事だったのだ、と理解出来るのです。
館内で案内をして下さった方の解説では、フランスで晩年生きていたフジタは、それでも日本人としての意識は捨てず、否定もせず、その日本人としての感覚をむしろとても大事にしていた、との事でした。
子供の絵もいいですよね。私はやはり女性たちと猫かな、、。
Commented by ihoko at 2016-03-04 14:36 x
再度失礼致します。
上記の他の方への返されたお返事。
私も、ラバンさんが書かれた事に同意です。
日本は恋しい・・。私の国は恋しいのですが、でもね。
フランスで生きる方が彼に取って自然であったように、
私も、イタリアに限らず、日本以外の国で生きる方が
ずっと自然な気がしています。
日本の伝統も文化も私にはなくてはならないもので
その上に自分があるんですが、でも、もう随分前からね
日本で生きていくのは無理だと思っているんですよ。
そこに生まれたからと言って、そこが一番生き易い国とは限らない。
でも・・それもね。生まれた国で、その国を自分なりに
きちんと見つめなおした後でないと、出せない答えなんだと
思うんですけれどね。
Commented by 40ansparis at 2016-03-04 19:05
ihokoさん、そうです、全く同じその感覚なのです。戦争が勃発していなかったら、そもそもフジタはそのまま、フランスに居たのだろうと思います。実際に帰り、変わってしまった日本ややっかみもあったのだと想像しますが、正当な評価をしない日本社会に居て居心地良くなく、自分の居場所ではない、と改めて分かったのだと思います。ihokoさんが仰っている事に似た文章が、20年ぶりに夏から読み返したサマセットモームの本にあるのですが、私は二十代に読んだ時に自分の感覚にあまりにぴったりシンクロしていたので驚いたのです。他にも自分の事かと思う文章があり、、それでモームの本に惹かれていたのです。
今度、紹介しますね〜。
Commented by arare719 at 2016-03-04 22:02
こんばんわ☆近く藤田嗣治の映画が日本で上映されます。オダギリジョーが藤田嗣治そっくりだとか、見てみたいなぁ〜と思っていました!
藤田嗣治はあまり馴染みがなかったのですが、ラバンさんのブログでますます興味持てました。楽しんで見てきます♡
映画見たら展覧場、絶対見たくなるでしょうね〜。
Commented by 40ansparis at 2016-03-04 23:44
arare719さん、日本では既に映画公開されたのかとばかり思っていました。これから、、なのですね。
フランスでの公開情報は全くまだないそうです。
でも、私はフジタの絵が好きですし、フランスに住んでからは同じ土地に住む同じ日本人としてとても尊敬、共感の思いがあるので、、オダギリジョーのフジタ、、、あまり観たくない、、かも、笑。あはは。ごめんなさい、私のこの気持ちには嘘はつけないので許して下さいネ。
どんな風に、フジタの人生の一部をどう切り取ったのか、は気になりますけどね。
映画から入っても宜しいと思いますし、是非実際の彼の絵を見てみて下さいね。
Commented by francana at 2016-03-04 23:44
Foujitaのことはほとんど知らず、エコール・ド・パリの一員だということくらいで・・・
20世紀初頭は、外国の画家や作家たちがパリに集まって、いまでは考えられないようなエネルギーにあふれていたのだろうなと、想像するとぞくぞくします(笑)。
そんなわけでモンパルナスというイメージでしたので、晩年をエッソンヌで過ごしたとは意外でした。
フランスと日本で生きたからには、戦争を経てつらい時期もあったのでしょうね。
母国とちがう国と深くかかわるというのはどんな運命なのかなと、思いを馳せました。
Commented by 40ansparis at 2016-03-04 23:50
francanaさん、私は二十代初め、まずカフェに座る女性の絵に出会いました。描いた人が誰か知らずに。
そして、描いたのがフランスで活躍、生きたフジタと言う日本人画家だと知ったのです。
自分のパリでの原点も、モンパルナス、縁がある界隈なので、勝手に親近感もあります。友人に私より彼の絵を愛する人もいて、彼女に好きなら是非行ってみたほうがいいよ、と教えてもらい、やっとやっと行けました。行ってからまたフジタは私に近くに感じるようになりましたよ。
Commented by kanafr at 2016-03-05 06:40
私も、行ってみたいなあと前から思っているんですけどねぇ。なかなか行けないでいます。
フジタは、本当にお洒落な方だったようですね。
絵を描くだけじゃなく洋裁もできた方だったとかで、身の回りの物も器用に作られていたと聞きました。

例え国籍を捨てても、自分の生まれた国を心の中から完全に捨てきれないのは、やはりそこに育った根っこがあるからですし、それが生きて行く支えになっていくんじゃないかって思います。
又、選んだ国で、解放された思いを味わった時もあり、あらためて、これからの自分が見えてくるんじゃないかって思いながら、こんなに長く住んでしまいました(苦笑)
ラパンさんの記事を読んで、formationが終わったら、このフジタの家に行こうかなあと思いました。
Commented by 40ansparis at 2016-03-05 07:00
kana さん、この家、兼アトリエは、本当に田舎なので、行くには不便ですが、私は見ることが出来て本当に嬉しかったです。
お家のキッチンのテーブルクロスやキッチン側のカーテンなど、クラシックなビストロみたいなチェックの柄の生地で、もちろんフジタのお手製。アトリエにも、イーゼルやフジタ独自の日本画の顔料、筆が画家らしくある一方で、お裁縫用のアンティークなミシン台やミニハウスのセット、彫刻などのセット、、ととにかく何でも作ってしまう人、のお部屋になっていましたよ。
お洒落な人、と言う意味では、洋服だけでなく、ソファが当時では最新のイタリアのデザイナーが手がけたソファベッドになるデザインの革のソファだったり、、とてもセンスの良さを感じるモダンなものも沢山ありました。
季節が良い時期なら家から一望出来るお庭が素晴らしいのではないか、と思いますよ。
Commented by fuki at 2016-03-08 11:53 x
昨年、私の町で(岐阜です☆)で彼の展覧会がありました。
小さな個人蔵の未発表作品が多かったのですが
私は彼の作品をはじめて生で目にし、琴線を揺さぶられました。パリにいきたいなぁ〜
Commented by 40ansparis at 2016-03-09 02:38
fukiさん、え〜〜未発表の小作品ですかあ。有名な絵よりずっと貴重な展示ですねえ。それはきっと素敵だったに違いないですね。このアトリエでも、イラストのようなノートに軽く描いたような女性の姿や寝顔など、、とても良かったです。
Commented by Qtaro-mama at 2016-03-09 21:46
こんばんは。私もフジタ大好きです。
ご存知かと思いますが、モンパルナスの彼が住んでたアパルトマンは息子が通ってた小学校の目と鼻の先にありました。しかもその後、東京で私が10年間過ごしたアパートが同じく彼のアパート(アトリエ?)の5分くらいの所にある事が判明し、密かにご近所さんと呼んでます。

フジタが活躍した時代のモンパルナスにタイムスリップしたいと思うのは私だけじゃないですよね?
Commented by 40ansparis at 2016-03-10 06:25
Q太郎ママさん、やはりお好きでしたか〜?ママさんも私もモンパルナス人ですものね〜、笑。
ええ?東京でもご近所さんでしたか!凄いご縁ですねえ。
いやあ、私も27年モンパルナスを歩いていますけれど、いつも思いますよ。座ったカフェの直ぐ近くのテーブルに、ピカソ、モディリアーニ、フジタ、あの時代の芸術家達がたむろしてカフェやワインを飲んでいたら!なんて。凄い豪華な景色ですよね。モンパルナスのカフェは今でも私は良く俳優、作家、映画監督を見かけるくらいですよ。ママさんとやはりすれ違っていたのかもしれませんよね。私がぼんやりしていただけで、、、笑。
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